生書 増補改定版 その後の御足跡4 ニューヨーク、ロサンゼルスなど

 シカゴの御行を終えられた大神様は、世界第一の都市ニューヨークへ。
 ニューヨークにも神の種を蒔くにはシカゴにまさるとも劣らぬ程難しい所であることは誰しも想像することであろう。しかし岩をも通す御努力によって、ここにも米国東部支部の誕生を見るに至った。
 8月27日のグレース・チャーチにおいての公開説法や、コロンビア大学での御説法は特筆すべきものである。特にコロンビア大学には、世界から集って来ている多数の学生、教授が講堂にぎっしりつめかけ、大神様の天衣無縫の御説法に魅了され、御説法後も熱心な質疑応答に12時を過ぎても誰一人立ち去る者もなかった程である。
 いつしか春も夏も過ぎ秋もまさに終わろうとする12月2日、大神様にはニューヨークを御出発、ワシントンを経て、サンタフェ鉄道で大陸を横断、一路西海岸のロスアンゼルスに向かわれた。ここは以前より日本人の多い地域である。ここでの大神様の御行は、ハワイでのそれに似たものがあった。
 日経新聞は嘲笑と悪口で大神様を迎えたのである。そしてそこに巣くう既成宗教がこぞって反発してきた。しかしあのハワイでの四面楚歌の御行を乗り越えられた大神様にとっては、もののかずではなかった。
 11月下旬、中央学園での御説法はジャーナリストや他の多くの人々の認識を一変させるに十分であった。真心持ちは次々に救われ、ロスアンゼルスには2つの支部まで出来るようになった。
 これを手はじめにサンフランシスコ、サクラメントと、次々に御巡教ーーサンマテオ、パロアルト、サクラメント等の支部が出来た。
 アメリカ大陸で紀元8年、再び春を迎えられた大神様には再度東部への旅にのぼられ、4月2日、ワシントンのポトマック河畔、爛漫と咲き誇る桜の樹の下に、ニューヨーク、シカゴから集まる同志数十名を伴われ、無我の舞をくりひろげられた。40年前日本から移し植えられた桜の苗木が今は立派な大樹となり、美しい花を咲かせておる下で、日本に天降られた救世主大神様が、今はアメリカに神のみ種を蒔かれ立派に芽生えたこの日に、無我の舞をくりひろげられたことは、こことに深い意義がある。
 それより大神様には、今一度ニューヨークをはじめアメリカにできた各支部を廻られ、集い来る神の赤子にしっかり御教を説かれた後、11月1日、多くの新しく生まれたアメリカの同志に送られてサンフランシスコ空港を後にされた。
 日本への御帰途、再度ハエアイに立寄られた。ハワイの同志は凱旋将軍をお迎えするような気持ちで大神様を迎えた。この1年有半、ハワイにおいてはますます神の国が開け行き空港には大変な人数が出迎え、いち早く全島に報ぜられ、もはや悪口を言う者もなく、大神様の偉大さを讚えた。ホノルル御滞在中、ハワイ大学の宗教学科の懇請により同科で、再三御教を説かれ、御教が正課のテーマに取りあげられたのである。
紀元11年の正月をホノルルで迎えられた大神様は、2月3日、ハワイ、アメリカの同志で結成された34名の修練団を伴われてプレジデント・クリーブランド号で帰途につかれ、2月13日無事横浜にご上陸、2月16日本部道場にご帰着になった。