酸性紙問題 天声の劣化

古い漫画雑誌などを家の整理で見つけ、読もうとするとボロボロになっていて崩れ落ちてしまって読めなかった。このような経験をした人は多い。これは使用されていた紙が「酸性紙」であったため、経年変化で分解してしまった現象だ。

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簡単に言えば、安い紙は製造が簡単な酸性紙であり、上質紙は製法に高い材料を用いて中性化している。本には上質紙が普通使われ、新聞や安い雑誌は酸性紙で作られてきた。酸性紙は空中の水分と反応して、数十年が経つと紙が分解して粉になり、その上に印刷された情報も無くなる。上質紙では、この問題は起こらない。酸性紙問題は20年、30年では表面化しないところが厄介とも言える。

アメリカでは1957年この問題が提起され、文化遺産としての出版物を守るため1984年に酸性紙を出版物に使用しない法律ができた。日本には法律はないが2006年(紀元61年)頃から中性紙の使用が普及し新聞にも使われるようになった。

天照皇大神宮教は、宇宙絶対神の降臨があってできた宗教であるため、その記録は人類にとって特別に重要な価値がある。例えば釈迦が生きていたときの、釈迦の記録、その直弟子たちの記録があれば、仏教関係者は随喜するだろう。同じくキリストが生きていたときの記録があれば、真のキリスト教とはどのようなものかは、容易にわかるだろう。天照皇大神宮教の根本経典は生書であり、これは上質紙であるため後世にも伝わると思われる。「地区史・支部史」も上質紙である。しかし最も詳しい資料である教団の月刊誌「天声」は、創刊号から紀元52年(天声516号)まで酸性紙が使われている。それ以降のものも上質紙なのか、酸性紙なのか不明。

若神様は酸性紙問題を熟知されていたようだが、上質紙使用による販売価格上昇が同志の負担になることを心配され、上質紙への切り替えをなされなかったそうだ。もう一つの要因はこの教団の成り立ちと思われる。会費を取らず、教団経費は出版物の収益でまかなうという方針のため、天声の原価率を抑えなければならず、用紙にしわよせがいったのだろう。紀元25年頃各地の若人会が作った「若人だより」でさえ大部分は上質紙が使われている。「天声」に酸性紙が使われ続けたことは、後世に大神様のご指導の数々、ご足蹠・ご説法を始め、若神様・姫神様・大勢の直弟子たちを伝えるという観点からは、非常に残念という他ない。天声創刊から67年。今では天声100号ぐらいまでで保存状態の良いのは非常に稀である。酸性紙はどんどん分解していく。あと20年後読み取り可能のものがどれだけ残っているのだろうか?

ただ新道場竣工記念の特集号である天声126・127合併号だけは上質紙が使用されている。手に取り調べると、その前後の号と比べ、経年劣化が格段に少ないことがわかる。新道場建設を大神様がいかに喜ばれたか、若神様がいかに心血を注がれたか、世界中の同志がいかに真心を結集したか、この記録が残るように心遣いされたのだろう。